高麗郷民俗資料館

資料館正面の写真
資料館の写真

民俗資料館には、市内で長い間人々に使われていた農業と林業そして漁労に関する民俗資料を展示しています。日高に生きた先人の歩んできた生活をご覧ください。

  • 企画展「遠足の聖地の文化財」展 開催中
  • ミニ展示 「新元号「令和」と万葉の歌碑」を展示しています。

トピック

高麗小学校4年生45人が校外学習に来ました

第1常設展室見学

常設展示室で養蚕、お茶、畑作道具を観察

高林式製茶機見学

高林式製茶機を前にメモを取っています。

高麗村石器時代住居跡見学

高麗郷民俗資料館のあとは、台地区にある文化財を調べながら、国史跡「高麗村石器時代住居跡」の学習へ行きました。

なぜ住居跡がこの地にあるのか?行ってみるとわかる事がたくさんあります。

常設展示

1階

養蚕の写真
お茶の写真

「土そして汗」が展示のテーマです。市内で盛んに行われていた「稲作」「畑作」「養蚕」「茶」を取り上げて、民具という歴史の証人を使った展示を行っています。

昔の居間と台所を再現した写真

日常生活で使われていたちゃぶ台、火鉢、おひつ、さまざまな食器などを用いて、昔の居間と台所を再現しました。

2階

漁労道具の写真
林業の写真

「山河の恵み」が展示テーマです。高麗川で古くから使われていた投網、箱めがね、ヤス、筌(うけ)などを用いた漁法を紹介しています。また、市内西部に広がる山林で、昔盛んだった林業や炭焼きなどを紹介しています。

古代高麗郡集落ジオラマ

 続日本紀(しょくにほんぎ)に、霊亀2年(716年)に東国7か国に住む高麗人1799人を武蔵国に移住させて高麗郡を置いたと書かれています。平成28年に建郡1300年を迎えました。

 発掘調査により高麗郡に関係するさまざまな資料が出土しています。中でも高麗郡の役所に関連する重要な資料が、高萩地区の拾石(じゅっこく)遺跡、王神(おうじん)遺跡、堀ノ内遺跡から発見されています。

 これらの発掘調査の成果を基にした、古代高麗郡に関する「古代高麗郡集落ジオラマ」を制作しました。

 ぜひご覧ください。

古代高麗郡集落ジオラマの写真1
古代高麗郡集落ジオラマの写真2

企画展示

「遠足の聖地の文化財」展   

公開期間 令和元年9月3日(火曜日)から12月22日(日曜日)

「遠足の聖地」は、当市の豊かな自然と歴史について多くの人々に訪れていただくことを目指したプロジェクトです。 本企画展では、遠足の聖地の魅力-歴史を学ぶ-として、高麗地域の遠足(散策)コースにある4500年前の縄文時代から近代までの文化財を紹介します。

人々が長い間守り伝えてきた文化財に触れ、散策コースを巡ってみてください。

国史跡「高麗村石器時代住居跡」遠景

1   国史跡「高麗村石器時代住居跡」と周辺の遺跡をたどる

遠足の聖地の玄関口、高麗駅近傍の国史跡高麗村石器時代住居跡を核として周辺の遺跡を探します。縄文の人々が営んだムラの立地、住居を見ていただき、ここで体感した縄文ムラの風景を、かわせみ街道を歩きながら他の遺跡立地を追体験してください。

昭和4年の調査参加者

昭和4年、台地区にある縄文時代遺跡で埼玉県内発の住居址の調査が実施されました。後に国史跡となる高麗村石器時代住居跡です。

日本考古学黎明期にもかかわらず、航空写真による遺跡の発見、地籍測量部による測量など先進的な調査が実施されました。

写真は発掘の参加者です。前列中央が遺跡の所有者であり、昭和30年代まで高麗地区の遺跡発掘に尽力した加藤喜代次郎氏です。

加藤喜代次郎氏は高麗地区で調査した住居跡を昭和30年に高麗郷土史に報告しました。ここで報告された住居跡の一部は、かわせみ街道に所在する鹿台(ろくだい)遺跡、榎戸(えのきど)遺跡となります。

高岡廃寺第1号建物跡(本堂と考えられる)

高岡廃寺はゴルフ場造成に伴い昭和50年度に調査されました。建物跡4棟などが検出され、瓦類、風鐸や三彩、緑彩陶器などが出土しました。8世紀中葉に創建され、11世紀初頭まで存続していました。

2   高麗郡1300年の歴史に思いをはせる

  4500年前の縄文時代の次は、奈良・平安時代の文化財となります。日高市の歴史的トピックである高麗郡に関連する高岡廃寺、高岡窯跡があります。

  高岡廃寺はゴルフ場、高岡窯跡は埋め戻され畑となっているため見ることはできませんが、歩きながら当時を想像してみてください。その先には、聖天院、高麗神社があります。

    多嘴壺(たしこ) 高岡廃寺出土

円面硯(えんめんけん) 高岡廃寺出土

高岡窯跡(たかおかようせき)

昭和30年に東京大学古代史談話会によって窯跡1基が調査されました。時期は9世紀後半と考えられ、須恵器坏、椀、皿や瓦類が焼かれました。

軒平瓦の同文が武蔵国分寺や坂戸市勝呂廃寺から出土しており、両寺院との強いつながりが伺われます。

軒丸瓦(のきまるかわら) 高岡窯跡出土

高麗町絵図(赤丸は御陣屋)

3   江戸時代から近代までの人々の足跡

高麗陣屋

慶長2年(1597年)代官大久保長安によって高麗本郷にあった陣屋は栗坪村に移されました。移された高麗町は梅原村分が「上宿」、栗坪村分が「下宿」と呼ばれ、現在でも高麗の宿と呼ばれています。

諏訪神社(栗坪)

高麗宿の鎮守で、長野県諏訪神社から勧請されたと伝承されている。

諏訪神社の獅子舞(日高市無形民俗文化財)

新編武蔵風土記稿にある日和田山の図

筏を組む様子が描かれている。

筏乗り鑑札

高麗川の筏流しは、荒川を通り深川まで行っていました。鹿台(ろくだい)の堰は筏の本数を増やすための組み直しの場所でした。

 

台高札場跡(日高市指定文化財)

江戸時代の絵図にも同じ場所に高札場が描かれている。

ミニ展示

新元号「令和」と万葉の歌碑   

新元号「令和」は万葉集から考案されたことから、いま万葉集が注目されています。日高市にも、万葉の歌碑が大谷沢地内と巾着田の2か所にあります。いずれも巻十四「東歌」に収められた相聞歌です。今回のミニ展示では、揮毫いただいた原本を展示し、それぞれの万葉歌碑を紹介します。

大谷沢の万葉の歌碑

入間道の おおやが原の いはゐつら

引かばぬるぬる 吾にな絶えそね

「入間道のおほやが原のいわゐ蔓を、引けばぬるぬるとよってくるように、あなたと私の仲を絶やさないでください」と歌っています。

「おほやが原」が大谷沢と関係があるとして語り継がれ、文学博士犬養孝先生揮毫により、平成元年に大谷沢の地に建立しました。

JAいるま野高萩南農産物直売所駐車場内にあります。

巾着田の万葉の歌碑

高麗錦 紐解き放へて 寝るが上に

何と為ろとかも あやに愛しき

「高麗錦の紐を解いて共寝をしているのに、この上一体どうしろというのか、無性に可愛くて仕方がない」と歌っています。

高麗錦は高句麗の高級絹織物で、高麗郡の地との関わりから、平成2年に巾着田に建立しました。

揮毫者は万葉集研究の第一人者で、新元号の考案に関係したとされる中西進先生です。

利用案内

住所

日高市大字梅原2

電話

042-985-7383

交通

JR高麗川駅下車 徒歩30分

もしくは、飯能駅行き「高麗小学校前」下車1分、西武池袋線高麗駅下車 徒歩15分

もしくは、高麗川駅・埼玉医大行き「高麗小学校前」下車1分

地図

開館時間

午前9時から午後5時まで(最終入館は、午後4時30分)

休館日

月曜日(祝日と重なる場合は開館し、火曜日が休館)

国民の休日(9月23日の秋分の日は開館します)

年末年始(12月29日から1月3日まで)

入館料

無料

臼と杵の貸し出し

資料館収蔵の臼と杵を、市民の方に無料で貸し出します。貸し出し希望の方は開館日に上記へお電話ください。

この記事に関するお問い合わせ先

生涯学習課 文化財担当(文化財室)

郵便番号:350-1245 日高市大字栗坪92番地2
電話:042-985-0290
ファックス:042-985-8779
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更新日:2019年10月08日